おもひでぽろぽろ
2019年夏に仲間内で書いてネタにしていた文章を公共の場にひっそりと晒してみようと思う。(一部改)
オタクの世界に足を踏み込んで、早7年。
当時の自分は大学2年生の夏をオタク全開で過ごすとは1ミリも予想してはいなかっただろう。将来に夢や希望を抱いていた(はずの)中学生の私に言いたいことはただ一つ。
キラキラ女子してなくてごめん、でも最高に幸せだ。
''彼ら"に興味を持ち始めたのは約7年前。中学1年生の頃だ。その頃再会した幼い頃の友達がオタクであった。最初は話を合わせるために必死に調べていただけの所謂、"ファッション"だった。正直しんどかった。
"彼ら"の中には、私と同級生のメンバーがいて、同じ歳なのに頑張ってるなぁ、綺麗な子だなぁ、ぐらいにしか感情はなかった。
そんなこんなしていた頃、だべり部()に所属していた私は、いつも通り部室でお菓子片手に他愛もない時間を過ごしていた。そんな時、今日少クラやん!早く帰らんと!という言葉が聞こえてきた。
少クラ?
その時には既に聞き馴染みしかないワードだった。私はその話をしている集団に頭を突っ込んでみた。幸か不幸か、無知であった私はオタクの"布教"の怖さをまだ知らなかったのだ。そこからの私の行動は言うまでもない。
母の気まぐれでBSが観れるようになってすぐの我が家。
母の気まぐれにこんなにも感謝したのはあの時くらいしかないのではないか。(ごめん)
その数ヶ月後わたしはスマホを手に入れた。その時の私が今目の前にいたらすかさずこう言うだろう。
はい、ご愁傷様でした。
・・・・・・・・・・・・・やっちまってるよ・・・ほんと・・・
YouTubeを見漁り、ウィキペディアだのまとめサイトだのを読み漁っていたある日、ある事に気付いた。
あの時の野菜泥棒の棒読み少年ではないか。
どうして今まで気がつかなかったのか!!!!!
あの時受けた、小学生ながらの
このイケメンは誰だ!!!
この棒読み加減は設定なのか??(ごめん)
あの衝撃は今でも忘れられない。
しかし当時小学生の私には、誰なのか調べるという能はなく、気にはなっていながらも記憶の片隅に追いやられていた。
しかし点と点が繋がってしまった以上、そこから沼に呑まれていくのに時間はかからなかった。
これが自担が自担である故である。
飽きっぽい事に定評のある私。
半年ハマればいい方かな、と思っていた。
しかし不思議な現象というものは続くものだ。
まず、CDとDVDはレンタルするものとして育った私が、どこで覚えてきたのか、CDを買っていた。
そして、月刊の少女漫画も自主的には読まなかった私が、ドル誌を毎月楽しみに買っていた。買い溜めたドル誌は自分の部屋に隠していたのだが、それを母親に見つけられた時の気まずさと言ったら、エロ本を見つけられた男子中学生のそれと同じである。
最終的にはシンプルに会いたくなった。
偶然、CDを買うだけでイベントに参加できる機会があった。先着順ではないにもかかわらず、私はオタク友達と夜中の1時に家を出てヤフオクドームのあの階段で朝まで並んだ。その甲斐あってか、"彼ら"まで3mくらいの位置を引き当てた。そのイベントでは、サプライズでハイタッチ会が開かれ、"彼ら"と物理的に触れ合うことができた。しかし、感動のあまりほとんど記憶に残ってない。それが初現場であった。
現場の味を占めた私は、コンサートに行くためにファンクラブに入りたいと言い出した。
そこから世に言う教育ママであった私の母親との戦いが始まった。
普通にファンクラブに入りたいと言っても勿論答えは、NO.
ならば、母親もこっちに引きずり込むまで。
結論から言うと、私の圧倒的勝利。
後々になって気づくのだが、彼女は若い頃から折にふれて、J事務所にはお世話になっていたようだ。血は争えない。
高校生になるタイミングでファンクラブに入った。初コンサートではがっつり自担にファンサをいただいた。
もう彼からは一生離れられない気がする。
高校では同じグループを推す友達はいなかったが、"同業者"に囲まれてオタ充かつリア充な青春を送った。とてつもなく忙しい生活だったため、中学生の頃ほど気合の入ったオタク活動はできなかったが、少し金銭的に余裕も出てきて、現場の回数や買える円盤の枚数も徐々に増え、生活の片隅から離れることは決してなかった。でも、"そんなもん"だった。
そして大学生。
大学生になって、自由な時間・お金・理解のある友達に囲まれ、のびのび生活している。よく言われるようになったた言葉がある。
「ひどくなったね」
全面降伏。
(作間くん、作間担の皆様、事故っててごめん)
なにかあればすぐ遠征をし、円盤は当然の如く全形態ポチッとしてしまう。口を開けば担当の話。
近頃ではどうやらもっと若い子たちにも手を出しているとか。(写真使いで分かる)(ここを語ると今夜徹夜になるので割愛)
こうなってしまった一番の原因は恵まれたくじ運だ。恋愛運が全てくじ運に回っているらしい。リアコではない私には複雑な気持ちでしかない。だが、こんなにありがたい話はない。とてつもなく幸せである。文句の言いようがない。オタクの神様、いつもありがとう。
私のオタク人生、薄っぺらいのは間違いないが、7年という月日はやはり長い。
オタクじゃなかったら友達になってないだろうなと思うような友人もたくさんいる。(むしろそれしか居ない。)オタクじゃない自分を想像すると末恐ろしい。
今まで同様、破産しない程度に幸せオタクライフを謳歌してほしい。今後、オタク歴何年まで続くか見ものである。
オタク、万歳